語り継ぐこと

私の祖父は、私の父が生まれるよりも前に、事故で亡くなっています。
34歳、今の私よりも若い年齢で亡くなりました。
戦後間もない混乱期で、写真なども残っておらず…私はもちろんのこと、息子である父も長らくその顔すら知らない状態で、長い間、遺影もない状態でした。
数年前に生前の写真が見つかり、ようやくきちんと遺影を用意することができました。その風貌は驚くほど父に似ていて、やはり血のつながった親子なんだと思いました。

そんな前置きの上で、GWに帰省したとき母から聞いた話。
一昨年亡くなった祖母の遺品の中から、祖父の同人誌が見つかったとのこと。
正確に言えば、祖母がその本を大事に保管していることは知っていたみたいですが、その祖母も亡くなって、母は先日初めてその本の中身を読んだのだそうです。

祖父は生前、趣味で短歌や俳句を詠む人だったそうです。
そして、祖父の同人誌…と言いましたが、この本は正確に言うと、祖父が生前に残していたものではなく、祖父の死後、祖父のご友人が雑誌等に祖父が投稿した作品を集めて書き起こし、ご好意で作品集として仕立ててくれたものです。
その本の中で、ご友人が後書きに「奥様からの便りで訃報を知った」と、祖母の手紙を紹介してくださっているのですが、その中に祖父の死因も詳細に書かれており…祖母以外の誰も知らなかった祖父の死の真相が、そこに書き残されていることを知りました。
死因については、家族にとってごくごくプライベートな内容にもなるので、ここで詳細を書くことは控えます。申し訳ございません。

祖母は生前、自身のことや祖父のことについて、あまり多くを語らない人でした。
以前「この世界の片隅に」の径子さんに祖母を重ねた、という話を書きましたが、多くの苦労を重ねながら、それでも日々を笑って生きている…本当に径子さんみたいな人でした。
父や伯母たち、孫の私たちに対しても、厳しくも優しい人だった。
悪意なく嫌味を言う、みたいなことはあったけど(そこも径子さんなの^^;)。

ただ、祖父の友人に宛てた手紙の中で、祖母は
「満州からやっとのことで引き揚げて来て、これから少しずつ生活を立て直して…というところで、突然こんなことになってしまって、途方に暮れている。これからどうすれば良いのか」(要約)と、不安を滲ませていました。
日々の生活もままならない中で、息子(父には兄がいました)と旦那さんを立て続けに亡くし、一人娘(父のお姉さん。私の伯母です)と二人きり。それはもう計り知れないほど不安だったに違いなく…。そんなそぶりなど微塵も見せない、明るく笑う祖母しか私は思い出せないので、余計にその不安と、乗り越えてきた苦労の大きさを感じ、涙が出ました。

今はインターネットが普及し、SNSやブログで気軽に個人の記録を残せて、自費出版なんて方法もあって、一個人が自由に何かを発信できる時代だけど、そんなものは当時は全くなかったわけです。ある程度著名な人なら、何かしらの記録が残り続けるけど…。
その人が亡くなって、周りの人もいなくなって、生き様を語り継ぐ人がいなければ、簡単にその人のことなど周囲から忘れ去られてしまう…祖父母が生きていたのは、そういう時代。

祖父の作品には、まだ幼い自分の娘(父のお姉さん)のことを想って詠んだ優しい歌も残されていて、見たことも出会ったこともない祖父の人柄を、ようやく窺い知れた気がしました。こんな風に、何十年もの時を経ても祖父を感じられる私は、幸運なのかもしれません。

自分のことも、周りの人のことも、大事に紡ぎ、自分の言葉で語り継いでいく。
改めて、大切にしたいと思いました。